知花城跡
Chibana Castle Ruins

沖縄イメージ

知花城跡は沖縄の歴史を学んでから行くと楽しめます。


 東南植物楽園から比較的近い知花十字路の傍にある、小高いこんもりとした場所にある城跡。
  誰が城主だったのかはわかりませんがかなり時代が経っているようでグスク時代のものだろうと言われています。石積みも明確には解りませんでした。知花城跡入口付近
車ですぐ近くまでいけますが、広い場所に車を停めてからが大変。
知花城跡上りの階段知花城跡石組み 急な階段を登り、終わったと思ったら又階段が。 と言う事で気合入れて登ると、一番上にはコンクリートで出来た展望。
知花城跡展望台 ここからの景色はなかなか秀逸で、かなり遠くまで見る事ができました。
知花城跡から見た景色
 この展望台までの階段の下には、すぐ傍に鬼大城の墓という案内板があります。そこから山道風を矢印に沿ってしばらく行くと、沖縄ならではの形式で作られたお墓があります(岩穴囲込み墓)。
沖縄の歴史文化に興味がある方には是非お勧めしたい場所ですが、単に観光にでしたら、ポイントは展望台からの景色かな?

鬼大城の墓へ→

鬼大城の墓

鬼大城の墓への入口 この展望台までの階段の下には、すぐ傍に鬼大城の墓という案内板があります。そこから山道風を矢印に沿ってしばらく行くと、沖縄ならではの形式で作られたお墓があります(岩穴囲込み墓)。鬼大城の墓 大城賢勇と百十踏揚・想像イラスト鬼大城とは大城賢勇という名前の武将で、身体も大きく武勇にも秀でていたためにそう呼ばれていたそうです。第一尚氏の尚泰久に仕えていて、美人として誉れ高い百度踏揚の付き人として阿麻和利が統治している勝連にいました。亜麻和利が謀反を企てていることを知り百度踏揚を連れて城を脱出、尚氏に知らせた話は有名です。 その後琉球王府軍との戦いで首里城攻めに失敗して勝連城に逃げ帰った阿麻和利に対し、総大将として戦いを挑み自ら城内へ忍び込んで討ち取ったと言われています。
その武勲の報酬として、百十踏揚を妻にしますが、そして時代はうつり金丸が尚泰久の子である尚徳王を滅ぼし、第一尚氏王統の関係者である鬼大城の城も攻められました。鬼大城は逃げて知花城に立てこもりますが、そこであえない最期を遂げえたと言われています。(イラストは書籍のイラストを加工しております)
交通 那覇空港から約36km 約35分. 沖縄北ICより 約2km. 約5分
合計時間:約40~45分
駐車場 近くに有り
住所・
問合せ先
沖縄県沖縄市知花12 :電話:098-939-1212
(管理は沖縄市なのでその代表番号)
関連情報 勝連城跡


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