今帰仁城跡・沖縄の世界遺産
Nakijin Castle Ruins

今帰仁城跡イメージ
今帰仁城跡入口 沖縄の琉球王国が統一される以前は、北山、中山、南山と三山に分かれた時代があり、この世界遺産今帰仁城跡は当時の北山です。 本部半島今帰仁村の西、県道115号線を1kmほど登った小高い丘陵にあり、かなりの規模の石垣が残されていたものを修復復元し、現在の形になっています。
 城跡の手前にお土産やさんとか軽食のお店のある建物がある公園あり、その奥が今帰仁城跡への入場チケット販売所です。 入場料大人400円を払い、そこを抜けると今帰仁城跡入口があります。

平郎門

今帰仁城跡・平郎門  この門は平郎門といわれ、その両側に二つづつの銃眼らしきものがあります。  横から門の上に上がれるようになっているので登ってみると、かなり手前から遠方まで見渡す事ができ、守りが堅固だったと言われる理由も納得。  
そしてこの門から桜並木になっている緩やかな道を登っていくと、しばらく階段があり大庭に到着します。今帰仁城跡の階段

大隅


 その途中左手に大隅と書かれたプレートが立っていて、そこから石垣に囲まれた広いスペースに出られます。 当時兵士たちの訓練所だったらしいと言われ、発掘の際に多量の馬骨が出土したとか。 ここから城外に抜けられる洞窟もあるそうで、大切な場所だったのかもしれません。
今帰仁城跡・大隅説明板今帰仁城跡大隅大隅2
今帰仁城跡
料金 大人 400円
高校生以下 300円
今帰仁村歴史文化センター込み
管理 今帰仁村管理事務所 0980-56-4400
空港から約97km 自動車で約2時間(高速利用)
※比較的緩やかですが階段があるので、お子様とかお年を召した方は時間に余裕を持っていかれる事をお勧めします。ここは桜の名所でもあり、1月後半から2月前半には桜祭りも行われ夜はライトアップもあるので、この時期にご来沖の時には是非行ってほしい場所です。

今帰仁城跡内見取図
ここで少々今帰仁上に関する歴史のお話を。
 北山は13世紀後半にはここに城を構えていたらしく、中国の「明実録」と言う史書に尼芝(ハニシ)という王がいて、珉(ミン)、攀安知(はんあんち)がこの後につづき、西暦1383年から1415年くらいまで各王とも明との交易を行っていたと書かれています。 北山王攀安知は中山を攻める準備を始めていましたが、1416年(別の説では1422年)その事を羽地按司、名護按司が時の中山王尚思昭に伝え、尚思昭は息子の尚巴志に命じて先制攻勢をかけました。 攀安知の守る今帰仁城は堅固で尚巴志も苦戦したようですが、なんとかこの城を陥落させて北山は尚氏の軍門に下り、那覇から距離のあるこの地域の支配を確実にするため、1422年尚巴氏の次男尚忠を北山監守として今帰仁城に派遣。 その後1429年には南山も中山により滅され、三山が統一されて琉球国がひとつになりました。
昔の今帰仁城跡・平郎門  時は流れ、1609年に薩摩大名の島津氏が琉球侵攻、今帰仁城も薩摩軍の攻撃を受けて火災にあい大破してしまいます。
 第二次大戦後、沖縄の日本復帰に伴い今帰仁城跡は国の史跡に指定され、昭和55年度から保存修復事業が開始され現在も進行中。
(写真は修復開始当時の様子) 
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