首里城4・正殿周辺
Syuri Castle 4

首里城イメージ

奉神門

奉神門は下之御庭と御庭を分けている最後の城門。 朱色に塗られた木造の門で、中央に大きな君誇御門(きみほこりうじょう)と呼ばれる入口と、左右に二つで合計三つの入口が作られています。 君誇御門は冊封使や身分の高い人、国王専用だったそうですが、現在は左右は閉じられていて、ここでチケットのチェックはここで行います。
この門は 明治時代に撤去されましたが、1992年に復元されました。
首里城奉神門

御庭

首里城正殿周辺の地図(有料区間)  平らな敷き瓦を敷き詰めて、朱と白の縞模様が作られています。その中央に浮道といわれる正殿にまっすぐ向かう場所があり、ここも国王初め特別な人達しか通る事ができない場所でした。 このお庭の全体の形は歪んだ四角形で、浮道も正殿に対して直角に向かってはいません。 なぜ歪んだ形になっているのかは、増築を繰り返しているうちにこの形になったとか、意図的に風水学上この形にしたとか諸説があり、いまだに決定的理由がわかっていません。
順路は南殿手前の番所から南殿に向かうようになっていて、入口で靴を脱いでビニール袋に入れて進みます。番所はその名のとおり受付の役割をしていた場所らしく、南殿は和式の儀式が執り行われていた場所。現在は簡単な首里城にまつわるものの展示場になっています。 ここから正殿までの間は撮影禁止。首里城南殿からみた御庭 途中右側に書院・鎖之間があります。

書院・庭園

首里城書院の庭園  2007年に復元整備されたのが、この書院と鎖之間。
書院は国王が日常政務を行った部屋で、冊封使や薩摩の役人の接客などに利用されました。書院造りと類似する部屋は、とても落ち着いて過ごせそうな雰囲気です。首里城書院

鎖之間

 鎖之間は、王子などの控所で、役人達と簡単な会議などもなされていたようです。また、奥には茶室があり、お茶を点てて客人に振舞っていたともいわれています。  現在、鎖之間にはいるには別途料金300円が必要ですが、それには琉球菓子とお茶を施設内で味わえる体験料金も含まれています。首里城鎖之間

首里城正殿

首里城正殿 この一角を通り過ぎると、順路は左に折れて正殿に。 二層三階建ての建物で、装飾化した龍柱など中国にも日本にも見かけない、琉球の独自独自色を出した造りになっています。

御差床

首里城1階御差床首里城1階御差床 正殿一階は、主に国王が政治や儀式を執り行う場所となっていて、 中央の一段高い御差床(ウサスカ)は、政治や儀式の際に国王が座る玉座で、左右には王の子や孫が座る平御差床(ヒラウサスカ)。 薄暗くなっていますが、良く見ると御差床の裏にはる階段があって、国王はこの階段を利用して二層と行き来していたと言われています。
道順は一層を一回りして二階に上がるようになっています。 正殿二階は大庫理(ウフグイ)と呼ばれ、普段は妃や女官達が使用した空間と言うことですが、儀式などの時には国王が中央の綺羅びやかな御差床に座し、その中心になったそうです。 座の上部には、かつて中国皇帝より贈られた御書の扁額を再現したものが掲げられています。首里城2階御差床首里城2階御差床 御差床の正面御庭側に>ある唐玻豊と呼ばれるスペースは、正月の儀式などに国王が椅子に座り、御庭に並ぶ諸官とともに儀式を執り行った重要な場所だと言われていて、残念ながらそこからの景色は見る事ができませんでしたが、すぐ脇にある窓から見る御庭は当時の国王が目にした光景と似ているのかもしれません。首里城正殿2階から見た御庭
他にも部屋はありますが、主に国王と女官などの祈りの場所に当てられている所が多かったようで、三階は通風のために設けられた屋根裏部屋的なものだそうです。


※近年できました黄金御殿・寄満・近習詰所に関しましてはまだ未取材ですので、取材完了しだい掲載させていただきます。
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