粟国島紀行 by Mr.Y    Y氏 -2013/07/19(Fri) 23:04 No.8278

 

粟国島の街角  3年前と少々古い話で恐縮なのですが、このままお蔵入りするのも勿体ないので敢えてアップさせて頂きます。
  粟国島と言えば映画の「ナヴィの恋」のロケ地・舞台になったこと有名です。また天然塩の粟国の塩でも有名。 だけども、釣り客以外にはコアなダイバーぐらいのもので殆ど観光客も来ない島。
実際、こちらのサイトでもまず話題に上がることもない島。 沖縄の人と話をしていても
「アグニ島? えっ? そこって沖縄なの?」
と言うほど無名に近い島。

  僕は2009年に粟国島に残る旧正月をお祝いする「マースヤ」と言う伝統行事を取材する為、島に渡ったのが最初でした。 取材内容を掲載した旅行雑誌にも書いたのですが、現代の沖縄でも旧正月の行事を行うのはこの粟国島や糸満などぐらいで、今では新暦の正月で過ごすのが一般的になっています。
取材内容は旅行雑誌の「沖縄・離島情報2010年度版」に写真と紀行文で掲載してありますので、何かの機会にご覧頂けるようでしたらそちらで読んで頂けましたら幸甚です。
  今回は前回と違って夏の島の様子を知りたくて一年後の2010年に再訪しました。
フェリーあぐにで那覇の泊港を朝の09:00に出港し約2時間の船旅で島へ到着します。
粟国島で泊まった家  2009年の冬に訪れた時はたまたま友人の友人に粟国島の親戚がいて、そこの家が空き家になっているので、そちらを使わせて貰ったのだ。
徹夜の行事を取材する為、仮眠が出来て荷物が置けるスペースがあれば良かったのでそれはそれで良かったのだが、今回はちゃんと1泊になるので、僕個人は港前の民宿に泊まることにした。
  荷物を部屋に置いてカメラを提げながら集落の中の道を前の年に取材でお世話になった地区へと向かう。  集落の真ん中にある粟国村立小中学校の前に島で唯一の信号機がある。いわゆる子供に信号機を慣れさせる為のものだ。 記憶を辿って行くと前の年に使わせて貰った民家に着いた。
  今回も仲間数名が同行している。古民家風の建物で、こじんまりとしているがなかなかに味がある家である。 スクーターと自転車は那覇から仲間がフェリーで持ち込んだものだ。
今日の午後には地区の公民館で行事があると聞いた。前の年もお世話になった公民館だ。
三線  既に前乗りして島に来ている仲間がダイビングに行っている。
一緒に昼食を摂るので、仲間が帰ってくるまで持参の三線を弾いて時間を潰すことにした。 日差しを避けて縁側に座って三線を弾いていると吹き抜ける風がなんとも言えず心持良い。  さわさわと木々の葉が揺れる音にセミな鳴き声が混じる。島で過ごすまったりとした時間と空気感を味わえる。
  観光施設もないし、当然、観光客もほとんど来ない島だから喧騒とはほど遠い。 集落の中で静かに自分達の時間を過ごすだけだ。
縁側で三線を弾いていたら仲間がダイビングから帰ってきた。
「お帰り〜」
「あ〜、着いて待っててくれたんだ」
「じゃ、皆もそろそろ戻ってくるはずだから昼飯食いに行こうよ。着替えれば」
島の集落には食堂は2軒しかない。全員が揃ったところで昼食へぶらぶらと散歩しながら出かけた。
粟国島で畑を耕す人   昼食の後、一人で集落を散歩する。狭い集落だし前年も一通り歩いて回ったので目新しい物は無いが、とにかく歩いて回らないと気が済まないのでぶらっと歩く。
  渡名喜島が見える高台へ向かい帰りに違う道を歩くと農作業をしているおじいさんが居た。 声をかけようが迷ったが作業の邪魔をするのも申し訳ないと思い足を進めた。
たまに車とすれ違うがまぁ、歩いているのは自分だけだ。 集落を歩いていると前年の取材時の記憶がまざまざとよみがえってきた。
あ〜、ここを下るとこんな家があったよなぁ〜とか。公民館の前を歩くと地区の人達が三々五々集まりだしている。 時間はまだあるのでお借りしている民家で一休みしよう。
民家の軒先から見た粟国の青空 民家に戻り、風が吹き抜ける居間に寝転がる。
よく、「田舎の親戚の家に遊びに来たような気分になる」って聞くけど、まさしくそんな感じ。
缶ビールを飲んで寝転がると島風が吹き抜けていくのが良く分かる。
  仲間が全員、戻ってきたところで地区の公民館へ向かった。 前年同様に地区の方々が我々の為に手料理と島酒で我々をもてなしてくれた。
地区の方々が三線で民謡を唄いながら中学生の女の子が踊りを踊ってくれた。
 「あれっ?」去年、居たはずの女の子がいない?
聞いてみると、島に高校がないので那覇の高校へ進学する為、家族揃って沖縄本島へ引っ越したらしいのだ。 と言う事は目の前で踊っているこの子も来年、中学を卒業したら島から居なくなることになる。
こうやって島から少しずつ若者や人が減って行く。空家も増えていく。
逆に東京からの若者夫婦などが豊かな自然を求めてIターンに島に移住するケースもある。 自分の友人の知り合いもそうやって二人、粟国島に移住している。
お返しに今度は僕が民謡を地区の皆さんに唄った。
  粟国村の村役場の観光課長らと名刺交換をして色んな話をした。
何にも観光施設や観光名所がない島では観光客を呼び込むの一苦労だ。なにせ知名度が無さ過ぎる。
離島好きなマニアックな人なら映画の「ナヴィの恋」のロケ地巡りでくるぐらいなものだ。
ダイビングにしても回遊魚が楽しめるがその分、潮がきつくてある程度のスキルのあるダイバーでないと厳しい海だ。あとは大物狙いの釣り客ぐらいのものか。
  でも島の人は観光客が来ない分、底抜けに人が良い。これでもかってぐらいに御馳走してくれる。
滅多に来ない観光客を本当に大切にしてるし、もてなしてくれる。
夜は仲間達と集落にある食事処兼居酒屋で酒盛りをした。

  その後、今回、同行した友人で、月刊のダイビング雑誌の「Marine DIVING」を中心に活動している水中カメラマンの友人のS氏が港近くのダイビングショップが打ち上げをやるから皆も一緒に参加しようよと言い出した。  じゃ、せっかくだからと皆でそのダイビングショップまでフラフラと歩いて行くと、ショップの皆さんとお客のダイバーの皆さんがいらっしゃいと迎えてくれた。
ほんと申し訳ないぐらい、ダイビングショップの御好意で食べて飲んで楽しく過ごさせて貰った。
やっぱり、こういう宴会の時は持参の三線で僕が民謡を唄って返礼させて貰った。 下手な芸でも役に立つことはあるもんだ。 かなり良い時間だ。
 
僕はそのまま近くの民宿の自分の部屋に戻った。
しかし、部屋が2畳半と言う非常に狭い部屋で変な作りになっている。畳がコの字形になっている。
もちろん、僕の泊まった部屋だけみたいだけど。
クーラーをつけると30分もすると寒くなって目が覚めて止める。でも30分もすると暑いのでまたクーラーをかける。 結局、この繰り返しで、なんか眠れたのか眠れなかったのか良く分からなかった。
移動用に借りたトラック
  さて、今日は夕方の那覇行きのフェリーの出港時刻までたっぷり時間がある。
午前中は島で唯一の海水浴場である長浜でシュノーケリングをし、午後は本来の取材である粟国の塩工場へ向かう。   村立小中学校の斜め向かいにある島で唯一のコンビニで朝ごはんを購入する。
いや、コンビニとは言っても本島の大手のコンビニように夜まで営業してるとかオンラインとか有る訳でもなく、ただ島の商店が手作りのお惣菜を島で唯一販売しているから島のコンビニと言うのである。  朝ご飯のお惣菜を購入しながら、商店の若い御主人に
「島にレンタカー屋ってありましたっけ?」
「いや〜、無いですね」
「どっかレンタルしてくれる所ってありませんか?」
「う〜ん、聞いたことないなぁ〜。・・・・・・ 良かったらうちの配達用のトラック、12:00台の配達時間以外だったら使って良いですよ」
「えっ? 本当ですか? 是非、貸して下さい。燃料満タンにして返しますから」
「でもハンドルのパワステが壊れてるんですよ。それでも良いなら」
「全然平気です〜。是非。車はここに戻しに来た方が良いですか?」
「いや、集落内だったら何処に停めても全然大丈夫ですよ」
とその御主人、ニコニコと満面の笑顔だった。
  後でその満面の笑みの意味が分かった。 幌付きのトラックを借りて皆がいる民家へ車を走らせた。
皆、乗れ乗れ〜。 *道交法上では荷台に人を乗せて走行するのは違反になります。良い子の皆さんは真似しちゃいけませんよ。
 まずは長浜へ向けてスタート。集落内の狭い道をハンドルをぎりぎりで切りながら車を進める。
ふと燃料メーターを見たら
「げっ?! 空やん? マジッすか?」 
「後ろを振り返り「ゴメーン、燃料が無いから補給で引き返すわ!」
粟国島のガススタンド  ガソリンスタンドへ着き、お店の人に
「満タンでお願いします」
料金票を渡されて目が飛び出しそうになった。
約6000円だ。えっ?! 何これ? 
なんと軽油がリッター160円近い計算になる。
  はぁっ?! やられた・・・・・ うっかりしていた。島の場合はさらに別便で輸送するからその分輸送費が上乗せされるから軽油と言えども1リッター辺りの料金も馬鹿高いのをコロッと忘れていた。 だから島の人は必要な分だけしか燃料を入れない。

だからあの商店のご主人は、僕が満タンで返しますと言った途端、満面の笑顔になった訳だ。
仕方ない。気を取り直して長浜へ向けて再出発。
粟国島の長浜 長浜に着いてシュノーケリングを開始。
浜には昨日のフェリーで一緒だった那覇駐在の自衛隊?らしき若者達6名ほどがいた。
ここは浜からやや沖へ港側へ泳ぐとサンゴの群生が見える。でもテーブルサンゴとかはないのであんまり期待しない方が良い。
  しかし、パワステって普段は感じないけど、いかに大切かよく分かった。 走ってる分には良いけど、駐車場でハンドルを切る時、パワーが無いからタイヤの重みで相当に頑張らないとハンドルを回せないんである。 腕がパンパンになってしまいました。 パワステってこんなに有難いものだったんですね。
粟国島マハナ展望台
 長浜から一旦、民家へ戻り着替えた後、友人の水中カメラマンともう一人で取材先の塩工場へ向かう事にした。
その前に渡名喜島を含めた絶海が見渡せる
「マハナ展望台」へ向かった。
牛の牧草地を抜けると展望台に出る。
いや〜絶景だなぁ〜。前年は集落から歩いて来たのでこりゃ車がないと辛いなぁ〜と経験していたのもあって商店のトラックを借りたわけだ。
友人の水中カメラマンのS氏が絶壁の上で腹這いになって撮影している。その先の海にはダイビング船が2隻、浮かんでいるのが見える。
マハナ展望台でひとやすみひやぁ〜! 絶壁の上の凄い絶景。
僕らに同行した女の子があまりの絶壁と絶壁の上を髪の毛が持ち上がるほどの吹き上がる強風で、思わず腰を抜かしてへたり込んでしまった。
左手に渡名喜島が見える。
真正面方向には視界が良かったらおぼろげに久米島がな〜んとなく
「あれ、そうかなぁ・・・・」って見えたかも知れない。
人も僕らしかいないし、風も気持ち良いし、絶壁の上でタラーッって冷や汗も出たし・・・・・ 満足したので出〜発!
  今度は友人のS氏に運転を代わって貰った。
荷台の上に立っていると道路を走っていて垂れる木々の葉っぱが頭を遮りそうになりその度に頭を引っ込めては女子学生のように「キャーキャー」言って楽しかった (あっ、この部分は内密に)。
塩工場へ向かう前にもう一つ寄り道することにした。
粟国島の洞寺(テラ)
 島の北西の端にある、洞寺(テラ)と言う場所だ。お寺の様な門をくぐると洞穴がある。
どうも坊さんがこの洞穴で修業をしたので寺と洞穴を合体させた島で唯一みたいな観光地と言うか穴場と言うか、なんか良く分からん場所なのだ。
洞穴の中に入るとヒンヤリとした冷気に包まれる。
これは良いわ〜。真夏には自然のクーラーだわ。しかも無料だし。
テラの奥 薄暗い中、階段を恐る恐る降りていく。
照明のせいなのか、不思議な色合いの岩壁が。

  何がどうって言う訳でもないが、元々、洞穴とか洞窟が苦手なおいらにとっては・・・・・・・・・・・・・・・・ 夏場はヒンヤリしてて良いけど冬場は辛いよね〜って思いながらなんか背中がぞくぞくしてきてさっさと出てしまった。







粟国の塩の看板

 ガタコトガタコトと音を立てながら牛の牧場脇の道を抜けて「粟国の塩工場」へと着いた。
ここが日本の天然塩のブームの先駆けとなったと聞いた。
粟国の塩・小渡所長
同行した友人の水中カメラマンのS氏があらかじめ取材の申し込みをしていたのですんなりと事務所へ案内された。
同工場の小渡所長とご挨拶。 サンプル品や資料などを貰い、大まかな説明から行って貰う。多くの天然塩工場が見学に来られたそうだ。
  小渡さんがこの工場を起こされたのも戦後の大量に製塩される化学製の塩に疑問を持たれたのが最初とのこと。
天然塩の精製段階で抽出されるにがりなどには、ほてりやアトピーなどの肌などへの自然の治癒力の効果があるとのこと。
化学製の塩は安価で大量生産で流通出来るが本来の天然塩の持つ力には程遠い、とのご説明であった。
次は実際に精製段階の見学だ。
塩の採かんタワー採かんタワー内部
採かんタワー内部の竹 最初に向かったのは海岸沿いに建つ高さ10mほどの「採かんタワー」だ。
中に入ると何とも壮観だ。 この建物は海水の濃度を上げる為の施設である。
約15,000本の竹を天井から吊るし、海水を何度も竹の枝から流し、水分を蒸発させて濃度を上げる仕組みになっている。 見た目も壮観だが、大量の海水が滴り落ちる音もこれまたかなりの迫力がある。

 小渡所長の説明では、海水と言う事もあり竹も劣化が激しいらしく、15,000本の竹も割と頻繁に交換する必要があるとのことである。
いや〜、これだけの本数の竹を交換ともなるとかなりの一大作業だな〜と撮影しながら「フムフム、大変だこりゃっ」って一人納得。
海水をたく釜上から見たところ
できている塩
  続いて海水を釜炊きする施設へ案内して貰う。 先ほどの海水を竹で蒸発させる工程に約10日ほどかけるそうだ。 いや〜、暑い。熱い。この作業を担当される方は大変だなぁ〜。
働いている皆さんを見ると皆さん筋骨隆々とした感じ。どうでも良いけど所長の小渡さんとは正反対な体格だなぁって一人で感心。  この釜炊きの作業におおよそ30時間を費やすのだと言う。
ふ〜む、確かに構内には大量の竹と木材があった。
こりゃ燃料費もかかるわなぁ〜っと撮影しながらまた一人で感心。
 ここで完成形になる。 この後、精製過程で混じった不純物を取り除いて袋詰めされる訳である。
ここで小渡所長が「では、もう一か所見て頂きましょう」と。 
塩の天日干の施設 普通、海水の自然塩と言うと、やはり天日干しって言うイメージだと思うんですよね。  我々もそんなイメージで工場へ訪れました。
小渡所長が最後に案内してくれた所は天日干しの施設。
閉め切っているせいか、中はモワーッとして蒸し暑い感じ。 さっきの釜炊きの所は熱いって感じだったけど(ってそのものだけど)、ここは蒸発した水分が施設内にこもっている感じの蒸し暑さ。
で、小渡所長さん曰く、 「天日干しと釜炊きを比べると釜炊きの方がはるかにミネラル分が高いんですよ」とのことである。
  なんかそうなの?って感じですが、まぁ、科学的根拠の元の説明だからそうであるに違いない。 確かに天日干しよりも釜炊きの方が豪快だし、おー!造ってる造ってる〜ってのが実感出来ますね。 あ〜、良い勉強させて貰いました。
  サンプル品もお土産に貰ってちょっとほくほくした気分で民家に戻り、車を粟島商店へ返却した。
しかし、ガソリンスタンドで満タンにしたのに実際に使ったのは2〜4kmぐらい? おいおい、・・・・・・・
借りていた民家の部屋からフェリー粟国 お借りした民家の後片付けを済ませ、荷物を港まで商店のトラックで運び、僕は民宿から荷物を港へ運び島から那覇へ戻ることになった。

 今回、二度目の取材で渡った粟国島。
夕刻の定刻通りにフェリーは港を離れて一路、那覇へ向けて出港した。
この島の人は本当に僕ら旅人をもてなしてくれる。
島に良く来てくれたね〜って。
そんな言葉を発せずとも分かる。  「これを食べな」「何を食べたい?」 素朴ながら押しつけがましい訳でもなく、喜んで貰えるように歓待する。
ほとんど観光客の来ない島。大して観光施設も観光スポットもない。
ただ一度、訪れると島の人の優しさを味わえる。 
以前、旅行情報誌「沖縄・離島情報」の編集長と話をした時、「紀行文が粟国島の応援になれば良いですよね」ってお互いに口にした事を思い出した。
那覇空港を発着する自衛隊の飛行機那覇空港を発着する自衛隊の戦闘機
 フェリーが那覇に近付くと那覇空港に着陸する民間のジェット旅客機がフェリーの上空を過ぎていく。
フェリーの展望デッキに出て見上げると夕刻の離着陸のラッシュの時間帯だ。
今、フェリーに乗っている僕も旅人だ。
着陸する旅客機の旅人達もこれからの沖縄の旅の行程に期待で胸を躍らせていることだろう。
那覇空港に降り立ち、あの独特のもわっとした空気に包まれる瞬間が待ち遠しいに違いない。
ゴオーって轟音が背後からやってきた。
はっと振り返ると着陸態勢の航空自衛隊のF15戦闘機だ。 望遠レンズで撮影した。
機体ナンバーまでバッチリだ。 那覇空港は忙しいことだろう。
那覇泊港 那覇の泊大橋の下をフェリーあぐにはゆるゆると接岸に向けて進む。
一年ぶりに訪れた粟国島。 機会があれば何時かまた足を運んでみたいものだと思う。
滅多に名前の出ることのない粟国島。
こちらのサイトでも問い合わせる人もいない島。
そんな島を取材したものを紀行文形式でアップしてみました。
滅多に取り上げられることのない島だから、たまには良いかなってアップしちゃいました。
  慶良間や八重山や宮古のような人気スポットだけでなく、たまにはほぼ観光客の来ない島に行くのも面白いですし、足を運んで貰えたら嬉しいな。
粟国島に興味を持って貰えるだけでも嬉しいです。

Re: 粟国島紀行 ナイチャー小林 - 2013/07/20(Sat) 12:17 No.8305
 こんにちは。 粟国、渡名喜と並んで那覇に住んでいると微妙に遠くてなかなか行く機会に恵まれていませんが、行ってみたくなりました。
次回の離島は粟国かなー。 いただいた文は、サイトに残させてくださいね。
最後になりましたが、ありがとうございます。

Re: 粟国島紀行 Rumina - 2013/07/20(Sat) 15:59 No.8306
  Y氏刺激的な投稿___『プップップ』
もう随分前に粟国島の友人から勧められたのに 一度も行ってません。 お塩は彼女からもらって嵌りました。一時期は2ヶ月待ちなんて状態だったのですが その後宮古の塩、石垣の塩お肉にはハワイの塩と使用して粟国の塩は全く購入しなくなりました 。
ダイビングも進められたのですが 今では潜ることもなくなってしまいました。
たまにシュノーケルです。 
  ナイチャー小林さん次回は粟国ですか。 私は明日から石垣です 。
宮古&石垣に足が向いてしまいます。 豊年祭りに呼ばれたのですが日程が決まるのが遅いので エアーを四苦八苦 。 来年は母のことや姉のこともありそうそう出向けなくなるかもしれないので今年は一月からどんどん出向きました。 9月がラストかも…。

Re: 粟国島紀行 Y氏 - 2013/07/22(Mon) 12:49 No.8308
  こんにちは、小林さん。 以前のIMAオフ会の仲間ので・すうさんが、前は慶良間にばっかり行っていたのに渡名喜島に行ったらはまってしまったそうです。
知り合いのダイバーも伊平屋島に行ってはまってしまったようです。
二人とも、「島の人が素朴で、すご〜く厚くもてなしてくれて気に入ってしまったんですよ」と。
ほとんど観光客の来ない島って島の人が島を訪れた人にめっちゃ優しいのをますます実感しますね。

Re: 粟国島紀行 Y氏 - 2013/07/22(Mon) 12:52 No.8309
  RUMINAさん、こんにちは。 宮古の塩の業者の方も粟国の島工場へ見学に来られたそうです。内容は色々とあったらしく、ここでは書けませんけど。
そうですね。先は何があるか分からないので行ける内に行っておいた方が良いですよね。

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