新都心のシュガーローフ
Sugar Loaf

多数の死者を出した激戦地です。

シュガーローフ周辺シュガーローフにあつ給水タンク 以前天久と呼ばれ、米軍から返還されてしばらくの間は荒れ放題の草原だった那覇市街中心からさほど遠くない場所。
近年は新都心として開発され、名前もおもろまちと変わりました。 大型のショッピングセンターが並び、県立博物館もこの地に移転。周辺にはマンションが林立し、商業施設も増え続けています。 そのメインストリートの一番端にDFSの大型店がありますが、その斜め向かいに小さな丘があります。
シュガーローフにある説明版と展望台今は上水道のタンクがありそれを取り囲むように公園が出来ていて、戦争があったという歴史的事実を書いたプレートが一枚だけ置いてあります。シュガーローフ説明版シュガーローフの説明板
クリックすると大型画像がご覧になれます
 この丘は沖縄戦時に1945年5月12日から18日にかけて激しい戦闘が行なわれ、アメリカ軍が2600名以上の戦死者を出し、1300人前後の精神疲労者出した悲しい場所です。彼らははここをシュガーローフと呼んでいました(日本側は安里五二高地と名づけていた)。
言うまでも無く、日本軍、沖縄住民の死傷者も多数にのぼりましたが、正確な戦死者の数の記録がなく、今では 覚えている人も少なくなったようです。 普段は訪れる人もほとんどいなくて、強い風が吹くだけの静かな場所。ここが返還された後には取り崩される予定でしたが、激戦の記憶を後世に残そうと運動があり那覇市が保全しています。
新都心に行く機会があったら、ちょっとだけ寄って、その場所で不本意な最後をむかえざるをえなかった戦士達の冥福を祈ってあげてくださいね。戦闘終結直後のシュガーローフ戦闘終結直後のシュガーローフシュガーローフから見下ろす那覇の街シュガーローフから見下ろす那覇の街
関連情報 県立博物館 DFS(免税店) 新都心おもろまち
交通 那覇空港から自動車で約10km約20分
ゆいレール おもろまち駅徒約歩5分


より大きな地図で シュガーローフ を表示


Copyright ©Okinawa information IMA All right reserved | Since Sep.12th.1999 | 更新: 2016-08-22